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自律・自助とう名の自己責任

小泉内閣が目指した「小さな政府」ということでの医療・福祉の切捨ては各国の社会保障費から見てもごまかしであります。そのことを知っていて政府の広報機関として活躍したのがマスコミです。それに、御用学者と呼ばれる人たちです。竹中という学者を今ももてはやしているマスコミに国民が期待をもっているのも理解できません。図は山家悠紀夫の講演より引用しました。(福岡県保険医新聞より)このように小泉が主張した「小さな政府」はより「小さな政府」を作ろうとし、その利益はオリックスなどの資本に国民の財産を売り渡そうとしたものです。そして、下記のように「格差」を認めています。ここでは、格差という言葉が悪用されています。格差というあいまいな概念でなく、「貧困」があるということを突きつけるべきだったと思います。竹中などは政策として問題になるような貧困は日本にはないと言ったのです。

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閣総理大臣(小泉純一郎君)私は格差が出るのは別に悪いこととは思っておりません。今まで悪平等だということの批判が多かったんですね。能力のある者が努力すれば報われる社会、これは総論として、与野党を問わずそういう考え方は多いと思います。基本的には、企業も国も地域も個人も、自助と自律といいますか、自らを奮い立たせて自分のことは自分でやるんだと。自らを助ける精神、自助の精神と、かといっても他人もいるんだと。その根はおのずから、自分を律する精神、自らを律する、他人に迷惑を掛けない。いわゆる自助と自律、自らを助ける精神と自らを律する精神、欲望なりを抑える、律する精神、自助と自律の精神は、どの時代にあろうともどの国であろうとも、どの地域においてもどの社会においても個人においても変わらない大事な精神だと思っております。

(参院予算委員会、ニ00 六年二月一日)『検証格差拡大社会』より

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