日記・コラム・つぶやき

暴力団追放など信じない理由

福岡県は暴力団抗争が多い。最近でも自治体が暴力団排除を求めています。ところが、柳川市での珍妙な動きがありました。

柳川市議会の議長が支援者を宴席でビール瓶で殴ったとして議長辞任を認めた。ところが、その宴席に出席していた暴力団幹部が銃撃された。そして、同じ議会は「市暴力団等追放推進条例案が30日に開かれた市議会臨時議会で、全会一致で可決された。2月初めに施行される見通し。」という。

こんな議会が暴力団と縁が切れるはずがない。

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ヒノモト

谷川健一氏の本を読んでいます。日本の語源について、ヒノモトとして日下クサカから発祥しており、それは東大阪市にあるという。たしかに、河内湖 というのが河内平野にあり古代には深く湾が入りこんでおり草香江(くさかえ)と呼ばれていたという。谷川氏は物部氏は福岡の直方市付近から東征したという。福岡市にも草香江と命が今も残っています。

ヒノモトは物部氏の王国であり、邪馬台国はその国号を奪ったとしています。真偽を論争するものはありませんが、物部氏と関連する筑後地方のいくつもの地域名と重なるものがあり、興味深く読みました。それは、柳川藩の始祖立花宗茂が生きた地域ともダブります。

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グルジアはどうなっているのだろう

今年も終わりになろうとしていますが、グルジアでの戦火で2000人以上も亡くなったのは8月だったのですね。ほとんど報道されることもないのですが、世界での戦火が絶えず、そこには子どもや高齢者、障がい者などがより一層苦しんでいると思います。そして、日本では自虐史観だと歴史的事実を隠蔽する軍人が跋扈しています。政治家もコントロールできないぐらいに。戦火は他所事だとは思えなくなりました。

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『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一著)のなかで沖縄の太田元知事の本から戦争体験を引用しています。

太田は自叙伝の『 沖縄の決断』 (朝日新聞社・二○ ○ ○ 年)のなかで沖縄戦の体験にふれ、これまで学校で教え込まれたことと、天と地ほども隔たった日本軍の実態をまざまざと見せつけられ、あまりの衝撃に、言葉を失ったと述べている。

「戦場での体験は、わが目を疑うほど信じられないことばかりだった。守備軍将兵は戦前から、県民の生命を守るために来た、と絶えず公言していた。しかるに、私たちが毎日のように目撃したのは、それとは逆の光景だったのだ。最も頼りにしていた守備軍将兵が行き場もない老弱者や子供たちを壕から追い出しただけでなく、大事に蓄えていた食糧までも奪い取ってしまう。そのうえ、私たちの目の前で、兵士たちは泣きすがる住民に向かって「お前たちを守るために沖縄くんだりまで来ているのだから、お前たちはここを出て行け」と冷酷に言い放ったものだ。しかも、赤ん坊を抱きかかえた母親が「お願いです。どうか壕に置いてやって下さい」と泣きすがっても、銃を突き付け容赦なく追い出すことさえあった。この戦争は「聖戦」と称されていたにもかかわらず、どうしてこのような事態になったのか。私たちには理解の仕様もなく、ただ愕然と見守るしかなかった〉 

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政治は変わらない

中山大臣の辞任後の記者会見では左手をポケットに入れたままです。道徳を語り教育を嘆く人が西洋人でもないのに。そして、県民は道路を作って欲しかったのにと嘆く。小泉の息子にはしゃぐ人たち。そして、西日本新聞での連載で、農業危機で働くほどに増える赤字とありますが、そのなかに「政治家の方は来ていただいても一緒ですもんね」と語る集会での農民。自らが選んだ政治家か、棄権して間接的に選んだかは別にして、被害者意識では何も変わらないと思う

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