生き方

生き残ろうとしない

宮崎駿氏の『折り返し点』を読んでいましたら、次のような発言がありました。

宮崎

それは本人は明確には意識してないと思いますけどね。ミヒャエルエンデが死んだときに、
病院の関係者が「こんなに生き残ろうと思わなかった人はいない」って言ったらしい。一切の医療に対して、「もういいよ」って拒絶してる。僕はウェストールもそうだったと思う。ウェストールは煙草を 医者に止められているんじゃないかと僕は勝手に想像していたら、全然平気で吸っていたという。医者にかかっていないんです。具合が悪くてもとにかく煙草を吸い続ける、むちゃをやり続ける、そういうタイプだったらしい。ウェストールは死んじゃ困ると思ってなかったと思いますね。そして、「青春のオフサイド]をいつのまにか書いて、六十三歳で肺炎で亡くなる。寿命をまっとうしたんだと思いますね。

このブログのタイトルに入れていますが、「もういいから」というのが父がリハビリを拒否したときの言葉でした。そのときは理解できませんでしたが、今は分かります。生きていくのには、相当のエネルギーもいりますし、延命だけが希望ではありません。遺族にとってはそうではないことが多いとは思いますが。

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引退の動機

どこで読んだか記憶がはっきりしませんが、小泉元総理の引退は、総理をやめて芝居見物をしていたりして、政界のきたなさに嫌気がさしたのではというのがありました。本人の気持ちの推測ですから自由ではありますが、それではなぜ息子にそんな仕事を継がせたのでしょうか。彼はもう賞賛される場がないことを知っていたのかと思うのですが

Pa020016

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